ポケットの中の一等星

 私はアドラーズの影山飛雄選手を推している。

 ふと目についたバレーボールの大会で、影山選手の冷静沈着に見える表情からの勝気なプレースタイルに魅了された。 その日からあれよあれよと言う間にアドラーズのファンクラブに入り、試合やイベントに通う日々に変わった。 2014年の春高準決勝の動画をYuntubeから探し出しては当時の彼に思いを馳せたりもした。

 その時から影山選手のことを知っていればもっと沢山のプレーと成長が見れたのに、ないものねだりだが彼の素晴らしいプレイを見る度にどうしともそう思ってしまう。

「この前のウォリアーズとの試合で決めたセットアップ、いつも以上に読みが鋭くて最高でした!」

 ファン感謝祭など影山選手と話しができる機会があれば、直近の試合の中での影山選手の良かったポイントを挙げて「応援してます。」そう言って去るのがマイルールだった。
 影山選手は「あざす」と言って軽く礼をする。ぎこちない笑みと真面目な会話のやり取りは、一見すると塩対応に見えるかもしれないが、影山ファンにとってはこれが普通なのだ。 むしろ満面の笑みでお礼なんか言われたら影山飛雄に一体何があったのか、とファンがざわつくに違いない。

 とはいえ最近の影山選手は常連の判別が出来るようになってきたのか、私を見るとハッとしたような表情をして「また来てくれてありがとうございます。」と言ってからあ私の話に耳を傾けてくれるようになった。私なんかのために影山選手の脳のリソースを消費するのは忍びないので全然認知なんてしなくていいのに、そう思いながらもファンとして認識されていることに喜びは隠せない。多分こうして人は沼にハマっていくのだろう。

「あーまじ影山選手格好良すぎた、昨日も最高だった」

 都合が合えば試合やイベントに一緒に行っている友人に牛島選手の写真を送った後にそう綴った。彼女は牛島選手を推していたので同チーム別メンバの推し仲間として最高だった。

「いやーほんとに行きたかった、写真ありがとう。最高。今日の栄養素にするわ」

 私たちこのLIMEで何回最高って言ってるんだろう、軽率に最高になるのできっとものすごい数になりそうだ。でも最高なものは最高なんだから仕方ない。

𓍰𓍰𓍰

 仕事終わり。私は余力があれば近くの川沿いにあるランニングコースを走ることを日課にしていた。仕事も趣味も何をするにも体力が資本と身に染みて痛感してからできる限り運動するようにしている。

 普段は自分がどこに住んでるかなんて川の反対側に見えるタワマンを見ながら走っていると東京に住んでるなと実感する。

 犬の散歩をする人、ウォーキングをする人。釣りをする人、階段で話し込む人たち。そんな人たちの中を駆ける。だんだんと自分の心音と呼吸だけに意識が集中する。影山選手みたいなプロのスポーツ選手はずっとこんなに苦しく息が上がる中でバレーをやってるんだなと改めて尊敬する。

 向かいからやたら体躯の良い男性が走ってきた。この辺だと若い男性ランナーは珍しくもないがそれにしても体が出来上がりすぎてて思わず目を惹かれた。だんだんと近づいてくるその姿に既視感を覚える。ついさっきまで想像してたせいかめちゃくちゃ影山選手に見えてきた。

 都合の良い妄想だと思ったが近づくにつれて影山選手にしか見えなくなってくる。え、なんで今ここに居るの?小平に居るんじゃないの?なんでこんなところ走ってるんですか?

 とはいえファンとして余計なストレスは与えたくないので知らない顔してすれ違おう、そう覚悟したのに声をかけてきたのは向こうのほうだった。

 私とすれ違う瞬間に歩みを止めた彼。「あの、」と言う声が背後から聞こえたので立ち止まり振り返るとやっぱり彼は影山選手だった。

 ファン感謝祭で認知されてるとはいえこんな運動着でほぼすっぴんの私に気づくだろうかという懸念があったので、 あくまで影山選手とは知らない体を続けることにした。

「はい、何か…?」

「あの、間違ってたらすみまさん、#dname#さん…ッスよね?」

 急に本名を言われてびっくりする、なんで影山選手が私の名前を知ってるんだという思いが表情からありありと伝わったのか「#dname#さんとよく居る友人の方がそう呼んでるの聞いて覚えちゃいました」と続けた。

「え、あ、はい…そうです、ちょっとこんなところで会うなんてびっくりして、すみません」

「いえ、俺も似てる人がいると思ったら#dname#さんだったのでつい呼び止めてしまいました、…でも会えてよかったっす」

 #dname#さんがはじめてファン感謝祭に来てくれた時、直近の試合で一番気持ち良かったことを言い当てててびっくりしました。すげー俺のプレイ見ててくれたんだなって思ったら嬉しくて。それからなんとなく#dname#さんのことは覚えてて、毎回来る度に的確に俺が感じたポイントを言語化してくれるのでいつも#dname#さんがくるの楽しみに待ってました。

 いつか言おうと思ってたから今日会えて嬉しい。そんなような事を影山選手は言ってくれた気がするが推しが目の前にいる状況でまともに覚えることなんてできずとにかく認知されてるし思いの外私のコメントも聞いてもらっているとわかって嬉しすぎて頬が緩んだ。

「今週末もそこで試合あるので、良ければ来てください。俺、頑張ります。」

「もうチケット取ってます。楽しみにしてます。」

 そう言うと影山選手は少し照れくさそうに笑った。ファンイベントでも見せたことのない表情に私は思わず目が釘付けになった。そんな表情もできるんですか、可愛すぎる。でもそんな表情イベントでされたら余計にファンが増えてチケットの入手が困難になってしまうのでやめてほしい。

「あの、本当はマネージャーにもするなとは言われてるんすけど、…もし良ければ連絡先交換してもらえませんか?」

 #dname#さんなら信用できるし、#dname#さんから俺がどう見えてるのかもっと知りたいです。コート上を見つめる時と変わらず真っ直ぐに私の目を見つめて言う影山選手。疑問はたくさんあったが推しに言われて断れる人などいるだろうか?私はスマートフォンを差し出し影山選手やLIMEを交換した。 「ありがとうございます、また連絡します、ランニングの邪魔してすみません」

 交換を終えた後じっと画面を見つめたかと思いきや、そう一言残して影山選手は去って行った

  呼吸はもう落ち着いたはずなのに今の一連の流れが夢のようで心臓だけが変わらず鳴り響いていた。

 "影山です。夜のランニング危ないから気をつけてください。あと、もし気が向いたらで良いので俺の試合の感想とかまた教えてください。"

 どうやって家に帰ったのか記憶が怪しげだが、家に着いてシャワーから上がると早速影山選手から通知が来ていた。

 思わぬ推しとの接点頬を緩ませながら返信をする。影山選手の良いところなんて幾らでも言える。でも今週末の試合、どんな顔していけばいいんだろう。別に影山選手にとってはいつもと同じただの大事な一試合かもしれないけど、頑張りますだなんて言わらてあれだけ感想楽しみにしてますなんて言われたからには期待に添えなければ。
 とはいえ今日できることは何もないので、せめて推しの目に映る私は少しでも綺麗にしておかなければとちょっと奮発して買った化粧水を惜しみなく顔に染み込ませた。


(2024.02.26)

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